2011年3月22日 (火)

マッシュルームオムレツ(『ノルウェイの森』村上春樹)

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「ワタナベ君、でしょう?」 
僕は顔を上げてもう一度相手の顔をよく見た。しかし何度見ても見覚えはなかった。彼女はとても目立つ女の子だったし、どこかで会っていたらすぐ思いだせるはずだった。それに僕の名前を知っている人間がそれほど沢山この大学にいるわけではない。 
「ちょっと座ってもいいかしら?それとも誰かくるの、ここ?」 
僕はよくわからないままに首を振った。
「誰も来ないよ。どうぞ」
彼女はゴトゴトと音を立てて椅子を引き、僕の向いに座ってサングラスの奥から僕をじっと眺め、それから僕の皿に視線を移した。
「おいしそうね、それ」

「美味いよ。マッシュルーム・オムレツとグリーン・ピースのサラダ」

「ふむ」と彼女は言った。
「今度はそれにするわ。今日はもう別のを頼んじゃったから」

(『ノルウェイの森』村上春樹)
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1987年に刊行された、大人気作家の大ベストセラー。37歳になった僕「ワタナベ」が回想する形で、1960年代の終わり、学生運動の中で大学生活を過ごしていた18歳から20歳頃が語られていく。

高校時代に親友の突然の死を経験し、その親友の彼女だった「直子」と1年後に偶然再会、2人の関係は始まっていく。東京の道を、2人でなにとはなく話しながら、ただただ歩く楽しさの影で、直子の心は深く病んでいた。流れる時間の中には、寮の同居人や先輩、そして同じ講義を受けている1年生の「緑」や、療養する直子のルームメイト「レイコさん」など、ワタナベは自分を取り巻く人々と様々なドラマを共有していく。

マッシュルーム・オムレツを食べているこの場面は、のちに深くワタナベの人生に関わっていく、同じ大学の女子学生・緑と初めて出会ったときである。
 

「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」

ワタナベの心には、常にこの言葉が在り続けている。物語の中にも、その死生観が常に横たわっている。

初めて本を手にしたのが、高校1年生。2度目が大学の頃、そして回想する「ワタナベ」と同じ年の頃になった今、物語を読み返すと、分かったつもりで読んでいたかつての自分が、本当はよくわからずに読んでいたのだと、実感する。なぜそこでセックスをするのか。かつて子どもだった頃に疑問や違和感を覚えた場面の答えが、今なら出せる気がする。

静かな、静かな物語。読み返してもまた、名作。

2011年3月10日 (木)

ノリベン(『食卓の情景』池波正太郎)

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私が学校へ持っていく弁当は、焼海苔を飯の間にはさんだ、いわゆる「ノリベン」というやつ。またはネギ入りの炒卵。または半ぺんのつけ焼き。または焼豆腐を甘辛く煮しめたものなどであった。(『食卓の情景』池波正太郎)
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小説、ではなく、エッセイである。
言わずと知れた人気の時代小説家、池波正太郎氏が、自身の食の記憶や思い出を軽妙に語っている。どこを読んでもおいしいものばかり。昭和初期、東京下町に暮らしていた少年のおやつだったという5銭の「どんどん焼」さえも、おいしそうでたまらない。

子どもの頃から、青年時代、そして今と、日本全国で食べた記憶に残る「うまいもの」とその思い出が、なんとも楽しい。「いわゆる食通でもないし、食物の歴史や学問についても疎い私」と自己を評しているが、食への愛着は並々ならぬものをうかがわせる。母と妻と共に暮らす氏ならではの、嫁姑操縦術なども語られているのは御愛嬌。

あとがきを、
「 いま、日本人の食生活は、私どものような年齢に達したものから見ると、激変しつつある。
 近い将来に、われわれと食物の関係は、おもいもかけなかった状態へ突入するかもしれない。
 ゆえに、この[食卓の情景]が、あるいは記録としての意味をもつようになるかも知れぬ。呵呵……。」

と、高笑いで締めくくっている。執筆が、昭和48年春。今から40年ほど前だ。
氏は、今の日本人の食生活を見て、どう思うのだろう。高笑いするだろうか。
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2011年2月13日 (日)

パンとソセージ(『結婚の生態』石川達三)

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私はきっとそんなことになるだろうと思って、パンとソセージとを用意しておいた。彼女は喜んで嚙りつくように食べた。それが家庭の最初の風景であった。(『結婚の生態』石川達三)
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『蒼氓』で第1回芥川賞を受賞した石川達三。『結婚の生態』は、昭和13年執筆なので、当時の世相や道徳観が反映されているのだろうが、それにしても、現代の感覚とかけ離れていて、ふざけているのかしら、といぶかしくなるほどの、ある種の滑稽ともいえる真面目さなのだ。

話は、かなり年下のこなれた若い娘にうまく誘導されてコロリと落ちて結婚したおじさんが、一生懸命自分の理想と理屈をもって、家庭のことが何もできず、贅沢したいだ、遊びたいだ、という若い娘を叱ったりなだめすかしたりしながら、理想の妻にしようと、そして理想の結婚生活を作り上げようとやっきになるのである。とにかく1つ1つの言動すべて、と言っていいほど、何につけても理屈っぽくて一生懸命。

だからこそ、というのか、主人公は「夫」という存在を大変真面目に捉え、それゆえ、妻と子供に対して「夫」「父」たるものどうあらねばならぬかを常に常に考え、努力する。その真摯な姿勢には、胸打たれるものがある。

結婚生活とはいろいろなことがあるもので、この2人にも、妊娠したと思ったら空き巣に入られたり、つわりのひどい妻に無理矢理ホットミルクを飲ませようとして転ばせてしまったり(それで奥さんはしおらしくなったりするから驚きなのだが)、以前同棲していた女が新聞に恨みつらみの投稿をして世間を騒がせたり。しかも時代は戦争を迎え、主人公は従軍記者として旅立つことになる。その中で主人公は、「夫」である自分は何をすべきか、どうあるべきかを、常に常に考え、努力するのだ。

登場人物である「私」の心中が、大変正直に語られ、描かれている。昭和初期の男性の本音を懸命に代弁していたのかもしれない。

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2011年2月 9日 (水)

湯気のたっているおにぎりが三つ(『怪人二十面相』江戸川乱歩)

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小林少年が、いわれるままに、ピストルをその中に入れますと、かごは、手ばやく天井へたぐりあげられ、それから、もう一度おりてきたときには、その中に湯気のたっているおにぎりが三つと、ハムと、なま卵と、お茶のびんとが、ならべてありました。(『怪人二十面相』江戸川乱歩)
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名探偵明智小五郎とその助手・小林少年、そして少年探偵団が八面六臂の大活躍する人気シリーズの第1作。

ハラハラドキドキ、ちょっとおどろおどろしい場面もあったりして、初めて読んだ小学生の頃は、夜には怖くて読めなかったり。胸ときめかせて読みふけり、少年探偵団に、いや小林少年のようになりたいと夢馳せた記憶が懐かしい。

差し入れにおにぎりは分かるが、ハムと生卵というこの組み合わせ。今ではちょっとユニークな感じがするが、連載開始当時の1936年(昭和11年)の頃は、ハムはかなりの高級品。和洋折衷で、読んでいた少年少女にとっては垂涎のメニューだったのかもしれない。

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2010年12月17日 (金)

焼林檎(『或阿呆の一生』芥川龍之介)

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                      三十九 鏡

 彼は或カッフェの隅に彼の友だちと話していた。彼の友だちは焼林檎(やきりんご)を食い、この頃の寒さの話などをした。彼はこう云う話の中に急に矛盾を感じ出した。
「君はまだ独身だったね」
「いや、もう来月結婚する」
 彼は思わず黙ってしまった。カッフェの壁に嵌(は)めこんだ鏡は無数の彼自身を映していた。冷えびえと、何か脅(おびやか)すように。……

焼林檎のレシピ
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「発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したい」という書簡を寄せて、『新思潮』の創刊仲間で友人の小説家・久米正雄に委ねた、昭和二年の作品である。作品自体は、自殺後にその書簡と共に発見された。

残された書簡の日付は昭和二年六月二十日。それが正しければ、約ひと月後に自殺したことになる(昭和二年七月二十四日没)。

51の篇からなり、自叙伝的な意味をもつもので、人生の断片を客観的に冷視し、詩的に、端的に語られており、自らの死の間近を感じながらの執筆であることが随所にうかがえる。

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2010年12月16日 (木)

茄子の鴫焼き(『芋虫』江戸川乱歩)

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 時子は、母屋にいとまを告げて、もう薄暗くなった、雑草のしげるにまかせ、荒れはてた広い庭を、彼女たち夫婦の住まいである離れ座敷の方へ歩きながら、いましがたも、母屋の主人の予備少将から言われた、いつものきまりきった褒め言葉を、まことに変てこな気持で、彼女のいちばん嫌いな茄子の鴫焼き(しぎやき)を、ぐにゃりと噛んだあとの味で、思い出していた。

(『芋虫』江戸川乱歩より)

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戦争で大変な損傷を体に受けて奇跡の帰還をした夫の世話をしながら暮らす時子。自宅の大家である予備少将からの言葉を、言うに言われぬ複雑な思いを「茄子の鴫焼き」と評する、『芋虫』冒頭の場面。

「このような姿になって、どうして命をとり止めることができたかと、当時医学界を騒がせ、新聞が未曾有の奇談として書き立てた」という夫の姿。
「須永廃中尉のからだは、まるで手足のもげた人形みたいに、これ以上毀れ(こわれ)ようがないほど、無残に、不気味に傷つけられ」「その胴体ばかりの化け物」となり、五感の多くさえ失い、ただ視覚と触角のみが助かったのだという。その姿は、読むだけで恐ろしく、腹の底から寒気がする。

時子には、人に言われぬ性癖があった。「それはまるで、大きな黄色の芋虫」というおぞましい言葉で描かれる姿となってしまった、無抵抗の夫を虐げることに、非常な性欲を持って快感を得ているのだ。物語は、恐ろしい方向へと進んでいく。

二度読めと言われても、なかなか手が伸びぬおぞましさ。たまらず「うへー」と気分さえ悪くなるほどなので、食事の前後は控えた方がよい。そしてその描写の容赦のなさには、乱歩の反戦精神が垣間見られる。

そして、そんな作品に登場してくる「茄子の鴫焼き」。茄子は大好物、鴫焼きももちろん大好き。しかし『芋虫』を思い出すと、思わず躊躇し、箸を伸ばす手が止まりそうになる。
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2010年12月15日 (水)

チキンソテー(『博士の愛した数式』小川洋子)

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博士が初めて、私の作った食事に手を合わせ、「いただきます」と言ってくれたのも、息子と三人で取った最初の夕食の席だった。(略)
「将来は何になるんだい?おじさんに教えてくれないかな」
チキンのソテーにレモンを絞り、付け合わせのインゲンを取り分けながら、博士はルートにいろいろな質問をした。

チキンソテーのレシピ
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シングルマザーで家政婦の「私」は、年老いた数学者「博士」のもとに派遣される。数字に強い愛着を持って暮らす博士は、十数年前の交通事故の後遺症で、記憶が80分しか維持できず、心を通わせることはとても困難だった。

しかし、博士が、10歳になる「私」の息子の存在を知ってから、博士との関係は少しずつ変化していく。初対面の日、博士は息子を抱きしめて迎え、「√(ルート)」と息子に呼び名をつけて「遠い所、よく来てくれた。ありがとう、ありがとう」と言った。そして、消える記憶の中で、消えてほしくない記憶を毎日メモする博士は、≪新しい家政婦さん とその息子10歳 √≫と書く。

その後、3人で初めてする食事のシーン。

博士と母子が、彼らだけにできる形で、温かなコミュニケーションの時間を重ね、紡いでいく。博士は年老いて、ルートは成長していく。そこには、「家族」と呼べるような、とても深い愛情が息づいている。善良で、無垢なる優しさに溢れた作品に、静かに心温まり、涙がこぼれる。____________________________

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2010年12月11日 (土)

牛乳(『告白』湊かなえ)

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 牛乳を飲み終わった人から、紙パックを自分の番号のケースに戻して、席に着くように。
全員、飲み終わったようですね。

(湊かなえ『告白』より)
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担任する1年B組の中学生達に女性教師が呼びかける、冒頭の場面。

終業式のこの日、女性教師は、今月いっぱいで教師を辞することを告げる。教師を辞めるのは、一人娘の死が原因。シングルマザーとして一人娘の愛美を愛し共に生きていたある日、娘は自分の勤務する学校内で死体で見つかったのだ。

「愛美は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたからです」

こうして始まる物語は、クラスメイトや犯人の少年、その家族と、登場人物の口を借りて展開し、事件の形が明らかになっていく。それぞれの目線で語られる事件の真相、そしてスピード感と緊迫感という、作品が放つ一種の迫力に煽られて、一気に読み切れる。さすが本屋大賞。

牛乳(牛乳パック)は、女性教師が「犯人」である少年へ罰を下すほか、不安定に均衡をとっていたクラスメイトが犯人の少年をいじめるきっかけになるなど、作中の小道具として何度も登場する。小狡さや陰湿さ、無邪気ぶる変なテンションなど、「あー、そうだったそうだった」と、中学生だった頃、周囲に日常的にあったなんともいえぬ雰囲気を思い出す。

2010年12月10日 (金)

鰺の二杯酢(『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎)

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小鰺の二杯酢を肴にしてチビリチビリ傾けている庄造は、一と口飲んでは猪口をおくと、
「リリー」
と云って、鰺の一つを箸で高々と摘まみ上げる。

(谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』より)

小鰺の二杯酢のレシピ
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題名の如く、猫を溺愛する庄造というどうしようもない男と、その男を取り合いながら猫に勝てない二人の女(前の女房と今の女房)の話である。

前の女房は、庄造を自分の方に留め置きたいために、離縁するに当たって何もいらないから猫のリリーだけは譲ってほしいと言い、今の女房は庄造のリリーに対する溺愛ぶりが気に食わなくて猫を追い出したくて仕方がない。

庄造は、前の女房がリリーを譲ってほしいなんて、強情で駆け引きをする気性のあの女のことだから裏があるに違いない、とかなり疑心暗鬼。

今の女房に、「私より猫が大事なんじゃないの?」と詰め寄られると、そんなわけないときっぱり否定するものの、結局は猫が可愛くてのらりくらり。
そもそも、夕食のメニューを毎日毎日鰺の二杯酢は、亭主の好物かと思いきや、実は猫のため。今の女房は脂っこいものが好きなのに、亭主愛しさに、我慢して鰺をこしらえて食べているわけで、この二杯酢が喧嘩の発端となったりしている。

二人の女がむきになって取り合うのだからさぞかし色男かと思いきや、庄造なる男
太った人にはお定まりの、暑がりやで汗っ掻き」で「半袖のシャツの上に毛糸の腹巻をし、麻の半股引を穿いた姿」だし、マザコンの気もアリ。というのだから、いったい何がいいのやら。むきになって取り合う二人の女の気持ち、」これっぽっちも分からず。

裏も表もある女の気持ち、優しいのがとりえでうだつの上がらない男の気持ちが、テンポよく、ユーモアたっぷりに描かれている。

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2010年12月 8日 (水)

2個の鶏卵と一合のソップと麺麭(『明暗』夏目漱石)

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「津田の膳には二個の鶏卵と一合のソップと麺麭(パン)が付いているだけであった。」その麺麭も半斤の二分ノ一と分量は何時のまにか定められていた。
 津田は床の上に腹這になったまま、むしゃむしゃ口を動かしながら、機会を見計らって、お延に云った。
「行くのか、行かないのか」
 お延はすぐ肉匙(フォーク)の手を休めた。
「あなた次第よ。あなたが行けと仰ゃれば行くし、止せと仰ゃれば止すわ」
「大変従順だな」
「何時でも従順だわ。――岡本だってあなたに伺って見た上で、もし可いと仰ゃったら連れて行って遣るから、御病気が大した事でなかったら、訊いて見ろって云うんですもの」
(略)
「要するに、お前はどうなんだ。行きたいのか、行きたくないのか」
 津田の顔色を見定めたお延はすぐ答えた。
「そりゃ行きたいわ」
「とうとう白状したな。じゃお出よ」
 二人はこういう会話と共に午飯(ひるめし)を済ました。

(夏目漱石『明暗』より)

冬野菜としょうがのスープのレシピ

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痔で入院した「津田」の、手術後の食事の場面。妻の「お延」は、叔父である資産家の岡本に誘われて芝居を見に行きたいが、入院中の夫の手前、迷う様子を見せる。津田は、行ってほしくない気持ちと、寛大な言葉を言いたい気持ちの板挟みだが、やはり自分がこういう状態なのに芝居見物に行こうとする妻を快く思えない。

文豪漱石の絶筆。主人公が津田といえば津田だが、その他登場人物の心情も饒舌に語られ、登場人物同士の実際の会話も多い。

大学を出て勤め人だというのに父親に仕送りをしてもらっている身にもかかわらず、津田は、金を出し渋るといって自分の父のケチ加減を恥じている、という図々しさ。派手好きな妻をもらったのはいいが、自分の財産を見栄を張って言っている情けなさ。

これにはじまり、痔とはいえ手術したての夫よりも芝居見物に行きたくて仕方なくて、これから出かけますと言わんばかりに着飾って、入院の付き添いだと言って一緒に病院へ向かう妻のお延や、義姉が兄(津田)からもらった指輪を見せびらかすのが腹に据えかね、自分の実家に「兄夫婦は仕送りをもらいながら贅沢してるのよ」というような告げ口めいたことをする津田の妹のお秀、おせっかいおばさんの極みのような吉川夫人、金持ちへの妬みが強くて厚かましい友人小林などなど、まあ皆心持がよろしくなく、もうちょっとどうにかならないのかしら、と思うことがしばしば。エゴイズムの真骨頂。これぞ漱石、という作品。

時代が変わっても色あせることなく、人とはこうなのだろう、と思わせる。作品は、津田がお延と結婚する前に、付き合っていながら破談してしまった女性に再会したところで終わっている。未完故に、その先が気になって仕方がないところ。どの人間も腹に一物あって、かの文豪がどう結末を描いたのか、本当に、気になって仕方がない。

«紅茶(『盗賊』三島由紀夫)